鹿児島県の「十島村」(としまむら)を視察

2024年08月26日

 
 24日(土)鹿児島県の十島村を、同地域を選挙区とする宮路拓馬衆議院議員らと視察しました。
 十島村は鹿児島市から約200㎞離れた有人島7島。無人島5島の12島からなる自治体です。最も鹿児島市に近い北の口之島から最南端の横当島まで160kmあります。地理的に言うと屋久島と奄美大島の間にある12島が十島村です。吐噶喇(トカラ)列島とも呼ばれています。島の人口は674人381世帯。小学生63人中学生51人、うち島外からの山海留学が54人です。高齢化率は27.7%。高齢化率が低いのは小中学生と先生たち、またその家族、そして移住者の皆さんが多いための様です。
 交通手段は村営のフェリーと島々は村の公用高速小型船のみです。

【船中1泊】

 このため前日の23日(金)から村営のフェリー「としま2」(1,953t)に乗り込みました。出航は午後11時、口之島入港は翌午前5時。予定通りに早朝、まだ暗いうちに口之島西の浜漁港に接岸し、そのまま地元の方々が丹精込めてつくられたご飯と魚と地元の大名タケノコなどの総菜、みそ汁の朝食を集会所でご馳走になりました。その後村の共同牧場を視察、繁殖が放牧形式で行われていました。

 「島の牛は買いたたかれやすい。特に現在は安値が続いている。更に飼料をはじめとするコスト上昇でとにかく厳しい経営が続いている」と若い牧場オーナーから訴えがありました。繁殖雌牛が草原に放たれた状態での飼育環境に阿蘇の草原での赤牛の放牧飼育が重なりました。続いて訪れたのは「モリンガ」という植物の圃場です。「モリンガ」は多様な栄養素を備えた健康食品の原材料となるもので、煎じて良し、粉末にして良し、天ぷらでも美味いというこれから島で期待される作物でした。

中之島では住民対話集会

 次の島中之島では皆さん横断幕をもって出迎えていただきました。鰆(さわら)を一人で加工作業されている方のところに伺いました。水揚げが少なく加工が限られていることを訴えられました。島の歴史を伝える「歴史民俗資料館」と鹿児島県天然記念物のトカラ馬の牧場を見学した後、コミュニティーセンターで「住民対話集会」を開きました。約20人の方々に参加していただき様々な島の意見を出していただきました。

 特に畜産への意見が多く「飼料価格の高騰、鳥獣害対策」などがここでも出されました。さらに「島では自然栽培農法でクオリティーの高い農産物をつくっているが単価が安い」「私たちは国境を守るという使命感も持って生活している。そのための集落支援をお願いしたい」などの意見が次々に出されました・

 それに対して私からは「飼料高騰では出来る限りの補填(ほてん)をしている。海外のトウモロコシ相場は下落傾向にあり、最近は円高傾向も見られる。鳥獣被害については全国的な悩みである。今後もしっかりと対策に当たりたい。これからは環境農業が重要になる。皆さんのクオリティーを高める努力が必ず実るようにして行きたい」と答えました。

「対馬丸」の犠牲者に花を手向け、祈る

 次の「悪石島」(あくせきじま)も横断幕で迎えていただきました。「悪」は「強い」という意味です。ここでも島民の暮らしの厳しさ、国境離島に暮らす住民としての役割を認めていただきたい、という意見を岸壁の出迎えの方々からいただきました。

 「悪石島」には「対馬丸」の慰霊碑があります。昭和19年8月22日、米軍の沖縄上陸が迫っていたことから九州方面に疎開するため、こども、大人が乗り込んでいた「対馬丸」がアメリカ軍潜水艦に撃沈され、学童784人を含む1484人が犠牲となりました。海底に沈んだ海域が悪石島沖であることから慰霊碑がつくられ、現在も地元の子どもたちが毎週清掃しています。私も鹿児島市で花を買い、未来があったであろう犠牲者に黙とうを捧げました。

小宝島、宝島】

 その後は妊婦さんが横たわっているような形の「小宝島」に行きましたが、時間がないため上陸はせず、岸壁の駐在員の方と大声でお話しだけしました。次の「宝島」では、移住者の方が夫婦で作業しておられる「水産加工所」でお話を聴きましたが、ここも漁業者の減少で魚が以前と比べて極端に少なくなっているという事でした。

奄美大島から鹿児島、羽田へ

 宝島から高速船で奄美大島の名瀬港まで2時間、奄美空港発が午後7時、鹿児島空港に到着して鹿児島空港発が午後8時35分、羽田についたのは、予定の午後10時25分を20分ほどオーバーした時刻でした。

 午前5時の口之島で視察を開始し、5つの島を、十島村の公用高速船で訪問し、最後の島「宝島」を終了したのが午後3時半、それから奄美まで2時間でしたので、島と島の移動にどれだけの時間を費やさなければならないかを、痛いほど知りました。まさに弾丸視察でした。

 しかし、数々の島のハンデを抱えながらも、移住者の方、UターンやJターンの方が必死で農水業で頑張られている姿を見て、改めて離島における一次産業への支援の重要性を感じました。

写真は➀十島村の地図➁島と島を結ぶ村の公用船➂中之島の出迎え➃パッションフルーツ農園(地域おこし協力隊出身の方が経営)➄住民対話集会➅悪石島の出迎え⑦「対馬丸」の慰霊碑にお参り➇妊婦の方が横たわる形をした「小宝島」➈宝島の方々と】