過疎町村「失うものは何もない」
2014年05月21日
昨日は、今回、農業分野で国家戦略特区に選定された養父(やぶ)市長さんの話を聴く機会を得ました。
養父市は人口2万4800人ほど。2004年に4町が合併して誕生した市です。市発足時は人口3万でしたが年々減少の一途をたどっています。農業の担い手も減少し、耕作放棄地が至る所に見られ、このままだとどうしようもなくなる、ということで国家戦略特区に応募されました。
農業の担い手がいないため、企業でもいいから市に農業担い手として参入して欲しい、ということで、農地の権利移動の許可権を持つ農業委員会を選挙制から市長の選任制にする。更に農地や農業生産法人などの規制緩和をして少しでも外部から人や物、担い手を呼び込みたい、と必死でした。
市長さんによると「失うものは何もない。このまま座して何も無くなるなら、規制緩和をして打って出るしかない」と切羽詰った気持ちの様でした。
しかし周辺の反応は予想以上に大きく、まだ調整に時間がかかるとも言っておられました。
人口の減少に伴う過疎地の衰退は今後益々激しくなります。養父市のような自治体は日本国中に広がりつつあります。これらをどう考え、どういう政策を打っていくかは我が国の大きな課題の一つです。
過疎の衰退に対して人口減少に歯止めをかけるための政策、逆にそのままにしておいて新たな人口の集積地をつくる方法、広域的な自治体にしていく政策など、色々な選択肢があります。
養父市が今回取った捨て身とも言える選択。そこまで追い込んだこれまでの流れ。もし養父市がこれで成功しなかったら養父市だけでなく日本の自治体はどうなっていくのか。難しい。しかし結論は出していきます。
今日農業委員会や、農協改革などのプロジェクトチームがあります。私なりの提案をしていきたいと思っています。