食べ物の有り難さ
2006年05月23日
昨夜はある山間部の町に、公務員の方の送別会に行きました。39年間の勤めだったそうです。本当にお疲れ様でした。しかし、まだ60歳前。若い。「これから地域社会のためにもう一働きしてもらいたい」とお願いしてきました。
送別会は飲食店でありました。15人ほどです。私の隣がその飲食店の社長さんでした。私はタケノコが大好き。小さいタケノコを湯がいた料理がありましたので、早速、一番にそれに箸を付けて食べたら旨い。タレも辛みの効いた韓国風のコチジャンみたいなもので、初めての味です。「こりゃあうまい」と言って食べていると、隣の社長がタケノコを採る時からの話をされ始めました。「しのぶだけ」というタケノコで、サヤエンドウのツルを巻かせる細い竹の子だそうです。数があまりない。しかも小さい。さらに皮をむいていくと、先っぽのほんの少ししか残らない。本当に貴重なタケノコだそうです。皿一杯にありましたので、何も知らずパクパク食べていた私は、箸を置いて改めて、一つ一つかみしめて食べました。すると、味もまた違います。
その後、料理の一つ一つに社長から話を聞きました。どういう気持ちでこの食材を採りに行くのか、また他の店と違う味を出すときの苦労。話を聞きながら食べると、本当にその料理の履歴が分かり味わいが深くなります。やはりその背後にあるものを知ることが、いかに大切か分かります。みんなで、わいわいと飲んで、出された料理にろくに箸もつけず終わることが多いんですが、食材に、料理に、料理人に何と失礼なことかが分かります。
寿司もありましたが、社長が「うちの寿司は、福岡から、県外からわざわざ食べに来られる」という自慢のものでした。寿司ネタとしゃりの間にシソの葉が敷いてあります。そしてネタの切り方も少し違う。しょうゆをつけない。レモンを少し搾ってそれで口の中へ。「うまい」。さすが福岡あたりから食べに来られはず。やはり、作った人の話を聞きながらそれが一番おいしく食べられる方法で食べること、解説付きの食事も重要。食の有り難さを感じました。
明朝の辻立ち7時20分大津町、8時菊池。